神戸地方裁判所 昭和25年(ワ)2号 判決
原告 井本武夫
被告 森田義知 外一名
一、主 文
被告等は原告に対して神戸市長田区川西通五丁目六番の一地上の家屋番号五五番木造瓦葺二階建居宅一棟建坪二十坪九合、二階坪十一坪の内二階全部と階段とを明渡し且右家屋中便所台所及右二階に通行するために必要な通路部分の共用を受諾しなければならぬ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分しその一を被告等の負担とし、その余を原告の負担とする。
この判決は原告において金一万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告等は原告に対して神戸市長田区川西通五丁目六番の一地上の家屋番号五五番木造瓦葺二階建居宅一棟建坪二十坪九合、二階坪十一坪の家屋を明渡さねばならぬ。」との判決並に仮執行の宣言を求め、
被告森田に対する請求の原因として、「原告はその所有にかかる請求の趣旨に記載の家屋を被告森田に対して賃貸借の期間を定めず家賃一ケ月金三十円毎月二十八日に翌月分を持参支拂の約定で賃貸していたところ、右森田は原告に無断で右家屋の二階部分を被告中谷に轉貸してこれを使用させているから、原告は被告森田に対して本訴において前記賃貸借を解除した上右家屋の明渡を求める。
仮に右の解除が認められぬとしても、被告森田は昭和二十二年十月一日以後の家賃金の支拂をしておらぬから、原告は被告森田に対する本件訴状を以て(1) 昭和二十二年十月一日から昭和二十三年十月十日まで一ケ月金四十五円の割合による家賃金合計五百五十四円五十銭、(2) 昭和二十三年十月十一日から昭和二十四年五月三十一日まで一ケ月金百十二円五十銭の割合による家賃金合計千九百五十一円二銭、(3) 昭和二十四年六月一日から昭和二十四年十二月末日まで一ケ月金三百円の割合による家賃金合計二千百円、以上総計金四千六百五円五十二銭を右訴状が到達した日から七日以内に支拂うよう催告すると共に、右期間内に右の家賃金を支拂わぬときは、之を停止條件として前記賃貸借を解除する旨の意思表示をし、右の訴状は昭和二十五年一月十六日に被告森田に到達したけれども被告森田は右の期間内に前記賃料の支拂をしなかつたから、右の賃貸借は前記期間の経過と共に当然に解除となつたから右賃貸借の解除を原因として本件家屋の明渡を求める。
仮に右賃貸借の解除に基く請求も認容せられないとしても、原告はかつて亡父筆之助と共に神戸市長田区大道通三丁目に居住していたところ昭和二十年二月に強制疎開による建物取毀ちのために須磨区衣掛町に移轉したところ、同年六月五日の戰災により同所の住宅と父とを一時に喪う災厄に遭い辛うじて長田区大道通一丁目に住居を得て移り住んだ。間もなく同所は長田税務署の建設用地として收用せられたために、同年七月には強制立退を命ぜられるに至つたので須磨区村雨町六丁目四の六にバラツク建物を建設して居住していたところ、右の建物は土地区画整理のために昭和二十四年十月に取毀されたので、現在は同番地の町田一郎方に一時同居して雨露をしのいでいるけれども同所も早急に立退かねばならぬ事情にあり、数年間にわたる住居の不安定とこれによる有形無形の損失は多大なものがあるのに加えて他に資産もないために、被告等の現住する前記家屋を外にしては他に住むべき家屋を得難い現状にある。右の次第であるから原告は昭和二十二年九月初旬に被告森田に対して自己使用の必要を理由として賃貸借解約の申入をし、以來度々同被告に対して家屋の明渡を請求して來たのであるが、同被告は之に應じないから改めて本件訴状を以て賃貸借解約の申入をすると共に以後法定期間の経過によりこれが明渡を求める。」と述べ、
被告中谷に対する請求原因として、「本件家屋は原告の所有であるが同被告は原告に対抗し得る正当の権原によらずして右の家屋に居住しているから同被告に対しても家屋の明渡を求める。」と述べた。<立証省略>
被告等訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として、「被告森田が原告の主張する家屋をその主張するような約定で賃借し、被告中谷がこれに同居している事実は認めるがその余の主張事実は全部爭う。右中谷は被告森田の親族として之に同居しているだけであつて本件家屋の一部を独立して轉借しているものではない。」と述べた。<立証省略>
三、理 由
先ず原告と被告森田との関係について判断をするのに被告森田が原告からその主張する家屋をその主張のような約定で賃借し、被告中谷がこれに同居している事実は当事者間に爭がなく、原告は被告森田が本件家屋の二階部分を原告に無断で被告中谷に轉貸したと主張するけれども、右中谷の同居が轉貸借又は賃借権の一部讓渡に基くものである事実はこれを認めるに足る何等の証拠もなく、却て被告親権者井本はな並に被告中谷誓男各本人訊問の結果に徴すると右中谷は被告森田の姉婿であるが、戰災により住居を失つたために被告森田方に家族的関係において同居をしているに過ぎぬ事実を認めることができるところ、右のような家族的関係における同居については民法第六百十二條に定められている賃貸人の承諾を要する限りでないと解すべきであるから、右中谷の同居を原因として本件賃貸借契約が解除せられたものとする原告の主張はこれを採用しない。
そこで被告森田の家賃金不拂を原因とする賃貸借解除の主張について判断をすると、原告が被告森田に対する本件訴状を以てその主張するような催告並に停止條件附契約解除の意思表示をし、右訴状が昭和二十五年一月十五日に被告に到達した事実は一件記録上明であるけれども、右催告にかかる金額は当初の家賃金一ケ月金三十円を基準としてその後地代家賃統制令に基く物價廳の告示により次々と認められた家賃額の修正率によつて当事者間の約定による家賃金が当然に増額せられる立前において増額計算したものであることは、原告の主張自体から明であるところ、右物價廳の告示による修正率は賃貸借関係の当事者間で合意上又は借家法第七條の請求その他法律の認める手続により右修正率の範囲内において家賃金を増額することを適法とするに止まり、之により当然に家賃金増額の効果を生じるものでないことは言をまたぬところであつて、かかる家賃金増額の合意又はその他の手続を経たことについて何等の主張立証のない本件において右の催告は失当であるとする外はないから、之を前提とする契約解除の意思表示はその効力がないものとせねばならぬ。
そこで進んで原告において本件家屋を自ら使用する必要があることを原因としてなされた賃貸借解約の効果について判断をすると、当事者間に成立について爭のない甲第一号証と原告親権者本人訊問の結果に徴すると、原告が昭和二十年六月五日の戰災によつて須磨区衣掛町の住居を喪つて以來須磨区内及長田区内の数箇所を轉々としたがその至るところにおいて原告の主張するような公共的な理由のために住居の安定を得るに至らず、最後に居住した須磨区村雨町の住居も土地区画整理のために取拂われるに至つて住むに家なき窮状にあり、辛うじて訴外町田一郎方に同居して一時をしのぎながら、最小限度の要求として原告等親子三人が本件家屋の二階に同居することを被告森田に交渉していた事実を認めることができ、他に右の認定を左右するような証拠はない。そうすると原告が本件家屋を自ら使用する必要があるとしてなした賃貸借解約の申入はその正当の事由がないものとすることはできぬのであるが、一方当事者間に成立について爭のない乙第三号証と被告森田義知並に原告親権者井本はな各本人訊問の結果を綜合して認定することのできるところの本件家屋は元來は被告森田の所有であつたが、昭和十四年頃に担保流れのために原告の父井本筆之助の所有に移り以來被告森田において引続いて之に賃借居住していた関係にあり、從つて被告森田にとつては右家屋は一般の借家とは類を異にする愛着の封家であるために前記明渡の交渉と並行して当事者間にその賣買の交渉もなされていたが、僅に値段の出合がつかぬために未だ交渉の妥結に至つておらぬが、今後と雖もその見込が絶無ではないと見られる事実、原告方の家族は親子三人の小人数であるために必しも直に本件家屋の全部を住居に使用せずともその二階部分だけの明渡を得て当面の必要を充たし得る事実並に後段に認定するように本來本件家屋の賃借人ではない被告中谷の関係は別としても被告森田において本件家屋全部を直に明渡すときはたちまち住居に窮する外ない事実を参酌して考えると、前記解約の申入は本件家屋の二階部分及階段の明渡を求め且同居生活上やむを得ない階下便所、台所並に二階への通路として必要な部分の共用を求める限度においてはその効力があるが、その之を超える部分についてはその効力がないものと解するのが相当である。
以上に認定したところに基いて被告森田に対して本件家屋全部の明渡を求める原告の請求は右賃貸借契約の効果があるものと認定した部分についてはその理由があるものとして認容すべきであるが、その之を超える部分は失当としてこれを棄却しなければならぬ。
次に被告中谷の関係について判断すると、本件家屋が原告の所有であること並に被告中谷が右家屋の二階部分に同居している事実は当事者間に爭がない点である。ところで右中谷が被告森田との家族的関係において右森田方に同居をしていることが前段に認定したとおりである以上は本件家屋に関する右森田の賃借権が継続している範囲においては右中谷は結局適法な権原に基いて之に居住しているものとせねばならぬけれども、既に本件家屋の二階部分に関する被告森田の賃借権が前記解約の申入によつて消滅したことは前段に認定したとおりであるから、被告中谷は少くとも右賃貸借関係が終了した時以後は原告に対する関係において右二階部分を不法に占有しているものとしなければならぬから、被告中谷に対して本件家屋の明渡を求める原告の請求は被告森田に対すると同一の範囲において正当として之を認容すべきであるが、その之を超える部分については理由がないから之を棄却せねばならぬ。
そこで訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九條第九十二條を、仮執行の宣言については同法第百九十六條を適用して主文のとおりに判決する。
(裁判官 河野春吉)